宮司よりひとこと

これまでの宮司よりひとこと

仮殿遷座祭と御殿の造営【更新日】平成30年5月10日

去る3月18日、枚岡神社で仮殿遷座祭が斎行されました。これはご本殿4棟を修理するに際して、神様を仮のご殿にお遷しする祭礼です。因みに修理を終えて、元のご殿にお戻りになる祭りは、「本殿遷座祭」、または「正遷座祭」と言います。これを斎行するのは再来年の秋で、足掛け3年の歳月を掛けて修復工事が行われます。

祭礼に際して神職は、通常の生活から離れて、神社で一定の期間精進潔斎をします。大祓詞を奏上し、精進食を摂り、水や湯に浸かって体の内外を清め、心身を調整して、俗から聖なる世界に近づいて行くのです。祭典当日は沐浴し、装束の上に木綿と麻の襷を掛け、冠に麻を結って神聖な姿となり、手と口を清めて参進します。所定の場で大幣で更に清めて奉仕するのです。大前で宮司が修復工事を執り行う旨の祝詞を奏上した後、消灯し、楽の音と共に第一殿のご祭神〈天児屋根命〉の御が厳かな浄暗の中をお遷りになられました。続いて第二殿のご祭神〈比売御神〉、第三殿ご祭神〈斎主命〉、第四殿のご祭神〈武瓶槌命〉の御が絹垣に囲まれて次々と遷御。次に各ご殿のご神宝が総代の手に抱かれて、仮ご殿に納まりました。次に大前に篝が焚かれ、釣灯篭が灯され、神饌をお供えし、宮司が、再来年に完成する旨の祝詞を奏上して、祭事が滞りなく厳粛裡に終了いたしました。

一昨年に収蔵庫が完成し、昨年は2680年を迎えて、その記念として二の鳥居が国産の檜で蘇り、また斎館の修復並びに増築工事が完了しました。これらは平成25年に結成した「平成の大造営」の一環事業で、いよいよ主目的である御殿の工事に取り掛かります。

ページの先頭へ

海道東征【更新日】平成30年4月11日

神武天皇の建国神話を題材に、北原白秋が詩を作り、信時潔が作曲した交響曲『海道東征』を鑑賞しました。この曲は昭和15年に皇紀2600年を奉祝して作られ、全国的に公演されていました。ところが終戦後は殆ど封印されたままでありましが、信時没後50周年、戦後70年を迎えた平成27年に再演され、大きな反響が起こり、その後毎年開催されています。八章で構成されており、第一章は<高千穂>天の沼矛ぬぼこで国が生れ、天孫降臨の後、神日本磐余彦命かむやまといわれびこのみことが東征して、国を統治することを決意する。第二章は<大和思慕>まだ見ぬ大和の国への憧れを歌う。第三章<御船出>日向の美々津港から出帆する喜びを表現。いよいよ東征が始まる。第四章<御船謡>出帆にあたって長久繁栄を寿ぐ船謡。第五章<速吸と宇狭はやすい うさ>潮流の早い海峡を越えて宇佐に着くくだり。第六章<海道回顧>宇佐を経て、筑紫(福岡)、阿岐(広島)、吉備(岡山)で準備を十分に整え、やがて浪速を目指そうとする。

そこで高千穂を出発して、これまでの行路を回顧する。第七章<白肩しらかたの津上陸> 白肩の港は、枚岡神社から西北2キロにある現在の「弥生町」。ナガスネヒコの軍勢と戦闘になり。苦難の道を歩む。第八章<天業恢弘>困難を乗り越えて、大和で神武天皇として即位する。

神代から続く神聖な天皇を中心とした日本国家。その国柄を北原白秋が最晩年、人生の集大成とした渾身の作だけあって、大和言葉や古語が頻繁に使われ、真に奥深くて格調が高く、感動々々の連続でした。素晴らしい日本の歴史や文化に、日本人が目覚めてきたのでしょうか。今時代の流れが変わろうとしています。是非ともお勧めしたい公演でした。

ページの先頭へ

安心安全な食べ物【更新日】平成30年3月1日

昨年、境内に隣接した土地が手に入りました。520㎡ですが、これを農地として活用しようと、試しに10㎡を田んぼにしました。総代が米作りをしてくれ、2升ばかりの収穫がありました。将来この土地の半分を田んぼに、残りを畑にしようと思っています。

毎日、神様にお供えする食事は、安心安全な食べ物でなくてはなりません。かつて田んぼには無数の生き物が共生循環していましたが、現状はどうでしょうか。農薬のためにカエルや蛇やトンボが少なくなり、スズメやミツバチにも異変が起きています。古事記の神武天皇や雄略天皇のところには、トンボが称えられています。太古日本の国はトンボが無数に飛び交っていたので、豊蜻蛉島(トヨアキツシマ)と呼ばれていました。アキツとはトンボのことで、想像するだけでも、嬉しく幸せになってきます。かれらは害虫を食べてくれたので、言うなれば今の農薬の代わりでもありました。だからトンボ様々であったのです。

土の中には無数の微生物がいて、その力によって元気な作物が生育します。先人はその土づくりに汗を流してきました。それが安易な農薬によって土中の微生物がダメになり、私たちの体が徐々に蝕まれているのです。そのような不自然な食べ物を、神様にささげるわけにはゆかないのです。それと機械で刈った稲穂は短くて、注連縄が作れません。そこで子供たちが米作りを体験して、食べ物の有難さと、安心安全な食物の重要性を知ってもらいたい。そして自ら刈った稲穂で、注連縄作りを学んでほしいと思っています。『沈黙の春』を出したレイチェル・カーソンが、農薬の危険性を警告して50年がたっています。

ページの先頭へ

心が探求される時代へ【更新日】平成30年2月8日

私たちの祖先は、大自然の大いなる力を神と称えて感謝してきました。人も動植物も土や水も大自然の一部であり、大いなる神の分け霊(みたま)を戴いて生かされているところから、八百万(やおよろづ)の神が生れました。そして「お天道(てんとう)さまが見てござる」と言って、悪いことを戒めたり、家に神棚を設けて、常に神様と共に生活をしてきたのです。競技と思われる相撲や競馬も、桜の花見も産湯も、みな神事としてとり行ってきました。ところが先人が作り上げた神観念が薄らぎ、霊性や心の分野が忘れられ、低次元化しています。若い家庭に神棚が無いというのもその現れです。赤子の初宮詣でや七五三詣、成人式、結婚式といった人生儀礼は神様に対する感謝と祈りだし、葬儀も神式が日本古来の風習です。神から生まれて神の元に帰って行く、と言うのが日本古来の考えなのです。

科学は加速度的に進み、便利な世の中になりました。その便利に頼りすぎて、体の奥にある38億年間困難を乗り越え、進化してきた大いなる力<自然治癒力・免疫力等>を忘れています。科学は分子生物学や量子力学の分野にまで到達しています。これによって、今まで目に見えなかった不思議な世界があることに、多くの人が認識するようになりました。目に見えない不思議な力を「神」といって称え、感謝してきた先人の次元高い感性が、実証されるようになってきたのです。天地自然の恵みに対する感謝と祈りが、いかに大切であるかを知る時代が来ているのす。目に見える物の世界は行詰まっていますが、見えない世界は無限に広がっており、21世紀は心や魂の世界が益々探求求されて行くことでしょう。

ページの先頭へ

粥占神事【更新日】平成30年1月5日

枚岡神社の粥占神事は、大阪府の文化財に指定されています。江戸時代には1月15日の小正月に行われていましたが、現在は11日に斎行され、15日に占いの結果を参詣者に公表しています。当日は竃殿内の大きな釜に米五升、小豆三升を入れ、篠竹の占竹(53本)を1束にして、釜に吊り下げます。神職が古式により、火鑽杵を回転させて火鑽臼を摩擦すること100余回、やがて煙が出て木くずに火種が生れます。湿気や神職の体調によって、これを何度も繰り返すこともあり、その苦労が多いほど、火の有難味を感じるのです。

この火種を、乾燥した杉葉が入った器に移し、加減をしながら息を吹き込み、やがて炎が出ると、固唾をのんでいた観衆から感動の声が上がります。火を作る苦労と火が生れた喜びは、遠い祖先の遺伝子に記憶されているのでしょうか、大きな感動を覚えるのです。この火が竈の薪に移され、やがて火力が強まってくると、湯気が勢いよく室の内外に沸き上がります。

16代仁徳天皇が、民の竈の煙の無いのを見て、雨漏りがする宮殿の修復を差し控えたという、麗しい物語が想い出されるのです。粥が煮えたち、竹筒の中に入った粥と小豆の多少によって、53種の農作物の豊凶を占ないます。一方火力が弱ると、黒樫で作った長さ13㎝の占木を12本竈に入れ、その焦げ具合によって、年間の晴雨や風の多少を占なうのです。農業国であった日本の国は、命に関わる自然現象は今より敏感で、真剣に神々に祈りと感謝をささげたことだろうし、農作物の豊凶占いの関心も高かったことでしょう。享和元年(1801)の『河内名所図絵』には、当時の賑々しい粥占の様子が描かれています。

ページの先頭へ


  • 御由緒
  • 宮司よりひとこと
  • 神事・祭典
  • 境内のご案内
  • 御祈祷
  • 交通アクセス
  • 宝物
  • 日記(ブログ)
  • 結婚式案内
  • 神事・祭典
次の行事
  • 崇敬会のご案内
  • ひらおかの森を守る会
  • 御本殿創建一三七〇年記念 枚岡神社平成の大造営事業 ご奉賛のお願い
  • 「お笑い神事」Youtubeでご覧いただけます。
  • 「お笑い神事」Youtubeでご覧いただけます。
  • 七五三まいりのご案内
  • 秋郷祭
  • 枚岡感謝奉納祭
  • 夏越大祓(なごしおおはらえ)
  • 巫女体験のご案内
  • ラジオ体操のおすすめ
  • 断食研修会
  • 禊研修会
  • 枚岡神社instagram
  • 枚岡神社facebook