宮司よりひとこと

これまでの宮司よりひとこと

安心安全な食べ物【更新日】平成30年3月1日

昨年、境内に隣接した土地が手に入りました。520㎡ですが、これを農地として活用しようと、試しに10㎡を田んぼにしました。総代が米作りをしてくれ、2升ばかりの収穫がありました。将来この土地の半分を田んぼに、残りを畑にしようと思っています。

毎日、神様にお供えする食事は、安心安全な食べ物でなくてはなりません。かつて田んぼには無数の生き物が共生循環していましたが、現状はどうでしょうか。農薬のためにカエルや蛇やトンボが少なくなり、スズメやミツバチにも異変が起きています。古事記の神武天皇や雄略天皇のところには、トンボが称えられています。太古日本の国はトンボが無数に飛び交っていたので、豊蜻蛉島(トヨアキツシマ)と呼ばれていました。アキツとはトンボのことで、想像するだけでも、嬉しく幸せになってきます。かれらは害虫を食べてくれたので、言うなれば今の農薬の代わりでもありました。だからトンボ様々であったのです。

土の中には無数の微生物がいて、その力によって元気な作物が生育します。先人はその土づくりに汗を流してきました。それが安易な農薬によって土中の微生物がダメになり、私たちの体が徐々に蝕まれているのです。そのような不自然な食べ物を、神様にささげるわけにはゆかないのです。それと機械で刈った稲穂は短くて、注連縄が作れません。そこで子供たちが米作りを体験して、食べ物の有難さと、安心安全な食物の重要性を知ってもらいたい。そして自ら刈った稲穂で、注連縄作りを学んでほしいと思っています。『沈黙の春』を出したレイチェル・カーソンが、農薬の危険性を警告して50年がたっています。

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心が探求される時代へ【更新日】平成30年2月8日

私たちの祖先は、大自然の大いなる力を神と称えて感謝してきました。人も動植物も土や水も大自然の一部であり、大いなる神の分け霊(みたま)を戴いて生かされているところから、八百万(やおよろづ)の神が生れました。そして「お天道(てんとう)さまが見てござる」と言って、悪いことを戒めたり、家に神棚を設けて、常に神様と共に生活をしてきたのです。競技と思われる相撲や競馬も、桜の花見も産湯も、みな神事としてとり行ってきました。ところが先人が作り上げた神観念が薄らぎ、霊性や心の分野が忘れられ、低次元化しています。若い家庭に神棚が無いというのもその現れです。赤子の初宮詣でや七五三詣、成人式、結婚式といった人生儀礼は神様に対する感謝と祈りだし、葬儀も神式が日本古来の風習です。神から生まれて神の元に帰って行く、と言うのが日本古来の考えなのです。

科学は加速度的に進み、便利な世の中になりました。その便利に頼りすぎて、体の奥にある38億年間困難を乗り越え、進化してきた大いなる力<自然治癒力・免疫力等>を忘れています。科学は分子生物学や量子力学の分野にまで到達しています。これによって、今まで目に見えなかった不思議な世界があることに、多くの人が認識するようになりました。目に見えない不思議な力を「神」といって称え、感謝してきた先人の次元高い感性が、実証されるようになってきたのです。天地自然の恵みに対する感謝と祈りが、いかに大切であるかを知る時代が来ているのす。目に見える物の世界は行詰まっていますが、見えない世界は無限に広がっており、21世紀は心や魂の世界が益々探求求されて行くことでしょう。

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粥占神事【更新日】平成30年1月5日

枚岡神社の粥占神事は、大阪府の文化財に指定されています。江戸時代には1月15日の小正月に行われていましたが、現在は11日に斎行され、15日に占いの結果を参詣者に公表しています。当日は竃殿内の大きな釜に米五升、小豆三升を入れ、篠竹の占竹(53本)を1束にして、釜に吊り下げます。神職が古式により、火鑽杵を回転させて火鑽臼を摩擦すること100余回、やがて煙が出て木くずに火種が生れます。湿気や神職の体調によって、これを何度も繰り返すこともあり、その苦労が多いほど、火の有難味を感じるのです。

この火種を、乾燥した杉葉が入った器に移し、加減をしながら息を吹き込み、やがて炎が出ると、固唾をのんでいた観衆から感動の声が上がります。火を作る苦労と火が生れた喜びは、遠い祖先の遺伝子に記憶されているのでしょうか、大きな感動を覚えるのです。この火が竈の薪に移され、やがて火力が強まってくると、湯気が勢いよく室の内外に沸き上がります。

16代仁徳天皇が、民の竈の煙の無いのを見て、雨漏りがする宮殿の修復を差し控えたという、麗しい物語が想い出されるのです。粥が煮えたち、竹筒の中に入った粥と小豆の多少によって、53種の農作物の豊凶を占ないます。一方火力が弱ると、黒樫で作った長さ13㎝の占木を12本竈に入れ、その焦げ具合によって、年間の晴雨や風の多少を占なうのです。農業国であった日本の国は、命に関わる自然現象は今より敏感で、真剣に神々に祈りと感謝をささげたことだろうし、農作物の豊凶占いの関心も高かったことでしょう。享和元年(1801)の『河内名所図絵』には、当時の賑々しい粥占の様子が描かれています。

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